1980年代後半から90年代に生まれた現在の20~30歳代を、ベトナムでは「9X(チン・イクス)世代」と呼ぶ。豊かさの中で育ち、西洋文化に染まった現代っ子とされる世代だが、この世代の若者集団がこのほど、ベトナムの伝統文化の再生保存を目指す企業を設立し、注目を集めている。

注目を集めているのは、ベトナムの伝統的衣装などの製造や、歴史文化コンサルティングを展開する「イ・ヴァン・ヒエン(Y Van Hien)株式会社」。先日、ハノイ市の旧市街文化交流センターで、会社設立と自社製品の発表会を開いた=写真

同社の創設者で「9X(チン・イクス)世代」であるグエン・ズック・ロック社長は、学生時代から伝統的な衣装に惚れ込み、さまざまなベトナム文化の保存継承に情熱を注いできた異色の存在だ。全国各地を旅し、各地の伝統製品の製造職人や数多くの著名な研究者、学者らとの出会いを重ね、貴重な知識を蓄積してきた。

同社の主力製品は、よく知られる伝統衣装のアオザイにはじまり、今では製造職人も少ないグー・タン(かつて官僚らが着用した5枚布を縫い合わせたベトナムの衣服)や、ザオ・リン(襟が交差したスタイルの伝統衣服)など、宮廷衣装や庶民の衣服の復元品だ。このほか、靴や木製下駄、扇子や折り畳み式の枕など、さまざまな服飾品や伝統的日用生活雑貨も、歴史や伝統に忠実に再現して製品化している。

これらは、販売するだけではなく、伝統的儀式などでの使用目的も大きな意義をもつ。ロック社長は発表式典で、「私たちの製品と活動は、ベトナム文化の保存とその真髄の伝承に大きく貢献することができる」と熱弁をふるった。

同社では、自社の若い研究員チームらが研究者や伝統製品の職人、歴史家らと協力し、さまざまな視点からベトナムの文化と歴史の研究を展開。また、製品の原材料を求め、ハノイ市郊外にある絹や織物産地のバンフック村やラーケ村、マー・チャウ村、ライン・ミー・ア村、バック村などの伝統工芸村へ、自社デザイナーの派遣なども行なっている。また、フエ王朝の末裔で、ミン・マン帝のひ孫、チー・フエ王女らと協力し、若い世代の職人らに折りたたみ式枕の伝統的製法や修復技法を伝えるなど、伝統技能の継承活動も熱心に展開している。

ベトナムの伝統的な文化や衣装、儀式や古くから伝わる家庭の日用品などに、もう一度光をあてたいと、ロック社長が同社を設立したのは今年の5月だ。突然のことで家族や友人らも驚いたという。

形のあるものだけではなく、ベトナムの宮廷や庶民の間で伝えられた風習や儀式などの歴史に忠実な復元も大きな夢の一つで、そのために必要となる品々を製作し、文化的コンサルティングも行なっている。その一方で、自社製品やデザインの著作権登録など、市場における自社と自社製品の地位保全を重要視する、現代的な側面ももつ。

李王朝からグエン王朝の時代(1009~1945)にかけてのベトナムの宮廷と庶民の服装について著書を書いた歴史家のチャン・クアン・ズック氏は、イ・ヴァン・ヒエン社の製品について、「製品は、歴史や伝統に忠実に再現されている」と高く評価。「ロック社長のように若い世代から伝統文化について前向きに学び、それを現代生活に取り入れる人材が出てきたことは、ベトナムの社会にとってたいへん意義深い」としたうえで、「同社の活動は、ベトナムの伝統文化を発展させ、広めることに多いに役立つだろう」と期待を示した。

同社では、すでに伝統の祭りや式典などに使う品々を製造するなど、宮廷儀式の復活などにも尽力している。発表会では、旅行会社などと提携し、海外からの旅行者に伝統芸能の舞台などを紹介する活動を始めたことも明らかにした。

9X世代とは:ベトナムで、社会が急成長した1980年代後半から90年代にかけて生まれた現在の若者世代を指す名称。戦後の厳しさを生き抜いた7X世代(70年代生まれ)や8X世代(80年代前半生まれ)とは生活文化や価値観、行動面で大きく異なる。人数も多く、近年のベトナムの消費市場を担う存在となりつつある。