ビンファストのベトナム国産自動車 世界デビューで高まる期待

完全なベトナム製としては初となる国産乗用車2種が、今年10月パリ・モーターショーでお披露目された。サッカーの元英国代表、デービッド・ベッカム氏が花を添えたデビューは、ベトナムの自動車産業にとって記念すべき〝ゴール〟であっただけではなく、ベトナムの産業の発展拡大の期待が高まる契機となったようだ。

新たなバリューチェーン創造
ベトナム初の国産車を出展したのは、ベトナムのコングロマリット、ビングループ傘下のビンファスト・マニュファクチュアリング&トレーディング社。世界的なモーターショーで、自社のスポーツ・ユーティリティ・ビークル(SUV)車とセダン車をデビューさせた。

いずれも、「ベトナムの魂にヨーロッパの技術を装備し、イタリアのデザインをまとわせた」と、同社が称する自信作。将来は、電動の自動車やバス、オートバイなどの生産も視野に入れている同社の製品第一号でもある。

ベトナムの既存の自動車産業といえば、海外自動車メーカーのバリューチェーンに組み込まれ、製品組み立てのみを行なってきた。それに対し、ビンファストが目指したのが、世界の先端を行く自動車メーカーや製造業の協力を得たうえで、ベトナムで自動車製造を実現することだったのが、人々を驚かせ、期待を膨らませた。

同社のパートナー企業には、シーメンス、ボッシュ、マグナ・シュタイア、AVL、ピニンファリーナなどの世界的メーカーの名前が並んだことも注目を集めた。人材面でも、ビンファストは、ボッシュ・ベトナムの元社長で、世界的に自動車業界のエキスパートとして評判の高い、ボー・クアン・フエ氏を社内に迎えた。また、ゼネラルモーターズからは、ジェームズ・デルーカ元副社長と、同社のデザイン部門の元責任者だったデイブ・リヨン氏らが加わっている。

経済専門家のブー・ディン・アイン氏は、ビングループについて、「同社は、国際性などさまざまな強みを武器に、画期的な自動車創造が可能だと自信をもっている。ビンファストは、世界のリーディングブランドの参加があれば、ベトナム企業も世界的なバリューチェーンを創造し、それをけん引できる潜在能力をもつのだと、証明してくれた」と話す。

別の経済専門家、ファム・チー・ラン氏は、「トヨタやBMW、メルセデスやホンダといった既存の世界のトップブランドと競争しなければならないことがわかっている分野に投資や進出を考えるのは、リスクを背負うことも厭わない、人並みはずれた起業家精神の持ち主だけだ」と同社を称える。

特にビンファストとBMW社との協力は、ベトナムの自動車業界から、大胆な決定と見られている。もっと知名度の低い、他の企業との提携であれば、費用も抑えられ、より容易に技術提供を受けられたはずだからだ。確かにビンファストは、潤沢な資金があったが、それだけのためにBMWをパートナーに選んだのではない。同社の持続可能な発展を切望し、長期的ビジョンを実現させるといいう視点から、それにふさわしい相手としてBMWに協力を求めたのだ。

このビンファストの戦略は、同社の偉業を示す選択だ。同社は、自動車組み立ての専門企業であることに甘んじず、部品製造などの裾野産業から組み立てまで、ベトナム国内の自動車産業のバリューチェーンを創造したうえで、世界水準のベトナム車を作ることを目指したのだ。

商工省の元副大臣でもあるベトナム裾野産業協会のレ・ズオン・クアン会長は、「ビンファストの大胆さと決意によって、ベトナムの自動車産業に対する信頼感が高まり、業界の未来が明るくなった」と信じる。

「ビンファストのやり方は前代未聞だ。世界の自動車産業の過去の業績を活用し、自社のバリューチェーンを創造するという、極めてプロフェッショナルな手法を取ったと思う。ビンファストの成功は、ベトナムの自動車産業が、他の業種同様、堅実な地位を築くであろう可能性を示した」と、クアン会長は言う。

ベトナムの産業にチャンス到来
裾野産業をはじめとするベトナムの製造業などさまざまな業界はこれまで、海外投資によるプロジェクトに、業界発展やハイテク製品の製造比率などを高めてもらおうと、期待を寄せてきた。しかし、現実ではまだ、望むような結果は得られていない。

例えば、海外資本の自動車産業は、ベトナムでのビジネスをアウトソーシングや組み立ての分野に焦点を当てている。ベトナムの裾野産業が発展する手助けをするのではなく、これらの海外企業は、ベトナム国外のサプライヤーに部品製造の大部分を頼っているのが現実だ。これでは、ベトナムの国内産業は、高い技術要求に見合った製品を作るために研鑽し、技術を高めたり工夫をしたりする経験も、積み重ねることができない。組み立てのみにとどまっている限り、ベトナム企業が海外企業のサプライチェーンに加われるチャンスは少なく、ベトナムの自動車関連産業の発展もない、というわけだ。

「ベトナムの産業成長のためには、ビンファストがしたように、ベトナム企業がイニシアチブを握るべきだ」と、ビングループのボー・クアン・フエ副社長は、いう。フエ氏は、ビンファスト・プロジェクトの責任者でもある人物だ。「新しい自動車の製造はまだ、われわれの夢の半ばに過ぎない。高い技術的コンテンツを用いて、付加価値を生み出すことが、われわれの目指すところだ」とプロジェクトの今後を見据える。

同社は、「自動車で60%以上、二輪車では100%の部品現地調達率」という目標の達成を掲げているが、ベトナムの裾野産業のネットワークがその後押しをしてくれるであろうと期待している。同時に、その姿勢がベトナムの自動車関連産業の持続可能な発展に寄与するであろうとも予想している。

その証拠に、同社がハイフォン市のディンブー・ハイカット経済特区に確保した巨大な製造施設のうち、3割は裾野産業のための製造施設に充てられている。クアン氏はこれによって、「さまざまな国内サプライヤーが、世界水準となるベトナム国産自動車製造バリューチェーンに加わるチャンスを生むだろう」とみる。

ベトナム裾野産業協会のレ・ズオン・クアン会長も、「ビンファストの成長は、裾野産業発展に大きく貢献し、世界市場においてベトナム製品が存在感を増す道筋を作ってくれるだろう」と期待を寄せる。

ビンファスト製品は、もはや自動車産業だけの「夢」ではない。ベトナムのあらゆる国内産業を発展させ、さらにはベトナム経済全体を成長させてほしいと、ベトナムの製造業全体の願いが託されている。