お香や線香の材料として知られる香木。白檀(びゃくだん)などとともに、その代表ともいえる木が沈香(じんこう)だ。中でも品質の高いものは伽羅と呼ばれ、「香りの宝石」として、高額で取引される。世界有数の産地として知られるベトナム南部のビンディン省で今、沈香の植林事業が進められている。「狙いは世界市場」というニュービジネスの現場をルポした。

自然の神秘から生まれた香り 1㌔1億円の天然ものも

細い林道を4輪駆動車で走ること数十分。さらに、徒歩で山道に入る。小さなせせらぎを越えると、放牧されている牛の親子と出会った。ベトナム南部のビンディン省タイソン区の山林。のどかな自然がどこまでも広がっていた。


のどかな山林が広がるタイソン区。あちらこちらで牛が放牧されている

案内役の植林地の管理をする男性が、細いケヤキのような木立の前で立ち止まった。これが沈香の木だと言う。よく見ると、幹のあちこちに直径1センチ程度の穴がうがってある。


幹には無数の穴が

「この穴に樹液がたまって、それが香木のもとになるんだ」
ジンチョウゲ科に属する沈香は、一見しただけでは他の木と大きな差異は見られない。ところが、この木は、ある不思議な力を持っている。害虫などによって幹に穴があけられると、身を守るために穴を埋めようと樹液を分泌。この樹液が長い歳月のうちに蓄積、乾燥すると香木になる。「香りの宝石」は、まさに自然の神秘から生まれた。


同行した男性が木の皮を削って、香木のできる様子を見せてくれた

「試してみるかい?」。男性はポケットから小さな沈香の木片を取り出すと、ナイフで削ってライターで火を着けた。独特の甘い香りがたちこめる。
「いい香りだろう」。
植林地の木の穴は、虫ではなくドリルで開けているが、人の手が入るのはそこまで。あとはすべて木の力と自然のなりゆきをまかせるのだという。1本の木からとれる量は1~2㌔。収穫まで最低13年はかかる。収穫量が少なく手間もかかるが、その高品質な天然ものは非常に高価。中には1キロで1億円というものもあるのという。そこまでいけば、「香りの宝石」どころか、「香りのダイヤモンド」だ。


黒いところが樹の樹脂の固まってできた部分。この部分が香木となる

希少価値高く大きなビジネスチャンス 日本の技術・資本と提携できれば

沈香の木には、甘い香りにひきつけられ、毒蛇やトラなども寄ってくることがあるという。実際、木の周辺では、猛獣のえじきになったとみられる人骨が見つかることもあるという。「香りの宝石」を生むミステリアスな樹木ならではのエピソードだ。

「沈香の植林は技術的に難しく、できる人が少ない。その分希少性が高く、ビジネス的な魅力は大きい。長い間、ぜひチャレンジしたいと思っていた分野でした」。沈香の植林事業を行っているフ ハイ(Phu Hai)有限会社のカウ テイ キム ラン社長は話す。ラン社長は、植林から水産加工まで手広く事業を展開する有力な女性実業家だ。


「沈香の植林事業は、難しいからこそ、やりがいがある」とラン社長

「フランス占領時代から、この周辺は沈香の成長に最高の土地として知られていました。ベトナムの沈香は世界的にも評価が高く、中でもこの地域のものが最良の品質とされています。ただ、どこでも育つというわけではなく、タイソン区でもごく限られた場所でしかできません」

山林には、もともと自生していた70年もの、100年ものの原木も多い。同社では、そうした原木に加えて2012年から本格的な植林を開始。現在、10年ものの木の本数だけでも約4000本に上っている。同社では、タイソン区のほかにホーチミンの南にも約1万本の植林を展開している。


青い空のもとすっくと天に向かって伸びる沈香の苗木

計画では、2015年から16年から製品の生産に入る予定で、材料についてはすでに30年分のストックがあるという。ラン社長。「マーケットとして中国や中東、日本の富裕層を想定しています。プラント建設にあたって、日本の企業の技術、資本と提携できれば」と呼びかけている。