20世紀の人類の歴史において、ホーチミン氏は「1つの民族全体が独立、自由を獲得するために闘う決心」の傑出したシンボルの一人でした。

ホーチミン氏はベトナムの民族解放に生涯を費やし、世界の人々の平和や民族の独立、社会の民主及び進歩に寄与しました。国際団結における彼の思想と行動は、それぞれの民族が自らの特色を主張する渇望を表し、民族間の相互理解、団結と友好関係を促進させるものでした。

長年、フランスで活動したホーチミン氏は、多くの労力や知恵を活用して、フランスの無産階級や植民地の各民族との関係を作りました。特に、フランス共産党の中で「民族と植民地」に対する関心を持たせました。1923~1924年、ホーチミン氏は国際共産組織で働き、旧ソ連で活動しました。植民地の問題、特に、東洋の国々に関して深い知識を持っていたホーチミン氏は、執筆の際に、中国やインド、インドシナ、朝鮮、日本、トルコ、インドネシア、エジプト、北アフリカ、ラテンアメリカなどの民族を巡る問題について言及しました。

海外での活動の間に、彼は、団結及び友好の精神が国や人類の発展過程においてどれほど意味が有るものなのか、について表現した記事を数多く寄稿しました。また、様々な国際的な会議に出席し、民族間、特に植民地の民族と「宗主」国の無産階級との団結や相互理解の重要性を、声を張って主張しました。

国際共産組織で活動する間に、ホーチミン氏は革命や共産党を指導する世界の人々と出会い、関係を構築しました。これらを通して、ベトナムと世界の国々、共産党との団結、友好関係に頑丈な基礎を作り上げました。

1945年8月の革命の最中に、ホーチミン氏の国際活動は同盟勢力から支援を得ること、特に中華国民党とアメリカとの交流、ベトナム革命により多い味方を作ることに注力しました。それは、ベトナム民族の独立、自由を実現するために、できる限り全ての勢力から団結や支援を受ける観点からでした。

ホーチミン氏の国際活動は数多くの党や国、国際組織との団結を構築し、それに伴い、ベトナムの革命は独立、自由のための闘争、国作りにおいて世界の人々から多大な応援や支援を受ける展開となりました。ホーチミン氏は世界の民族間、複数の共産党間、宗主国の一部の人々と植民地の人民の間に団結の伝統を作ることに多大な貢献をしました。

ホーチミン氏が亡くなった後も、ベトナム政府は、ホーチミン氏が提唱した外交政策を継続しています。それは、主権及び民族独立の権利を尊重する原則を基準に、全ての国家と仲間になる政策です。ベトナムの地位は、国際社会において益々高く評価されつつあります。ホーチミン氏が亡くなってから50年が経ちましたが、彼の存在が今も世界中の人々の団結、友好関係のシンボルの一つである、と言及され続けるのは否定できないことでしょう。(2019年5月 ベトナム政府関係者からの寄稿)