〝床下〟に暮らし50年 ハノイの男性の厳しい現実

喧騒に包まれたハノイ旧市街地、ハンブオン通りのはずれにある古びたドミトリー(相部屋タイプの宿)。バイクタクシー運転手、ホアン・バン・チュアンさん(57)の自宅は、まるで秘密基地のような構造になっている。建物の2階の床下と1階のすき間にあり、かべに打ち込んだ鉄製のはしごを使って部屋に入る。チュアンさんは、ここを「マッチ箱」あるいは「鳥かご」と、皮肉をこめて呼んでいる。

写真㊤=鉄製のはしごを伝って部屋に入るチュアンさん。むき出しの電線が壁を走る

「はしごは手製だけれど、木より金属の方がいいね。手間がいらず、じゃまにならないから」。むき出しの電線の束が走る壁を通って部屋に入ると、5平方㍍ほどの空間にテレビと扇風機、寝具のマットがあるだけ。この部屋でチュアンさんは50年間暮らしてきた。部屋にはドアや窓はなく、点けっぱなしの電球が唯一の明かりで、外が昼か夜かもわからない。汚水浄化槽と水のタンクを備えているが、雨がふると壁に水が染み、いやなにおいがたちこめる。壁はもろく、上の階にいる人が床を歩くと、天井のモルタルの破片が落ちてくることも。「就寝中にこつんと頭に落ちてくるのは困るよ」とチュアンさん。しっくいを使って修理を試みたが、壁のひびはいっこうにおさまらないという。


小さな部屋にベッドとテレビ、扇風機だけ。かつては兄弟7人で暮らしていたという

孤独な生活
驚くべきことに、かつてチュアンさんはここで6人の兄弟とともに暮らしていた。他の6人は結婚して、出て行ったという。チュアンさんも一度は結婚して、引っ越すことを考えたが、運転手の仕事と妻の家政婦の収入だけでは十分な住宅を借りることはできなかった。息子もいたが、はしごののぼりおりに耐えられず、数年前に出て行った。息子や妻が出て行った後は、料理をすることもなくなったという。

チュアンさんの当面の悩みは、部屋の電波状態が悪いこと。このところ、バイクタクシーの配車サービスは客の獲得競争が激しく、わずかなお金を稼ぐために、常に携帯電話をネットワークに接続しておかねならない。仕事を得るためには、部屋から出て一日中通りに座って連絡を待たねばならず、くつろげる時間がない。

それでも、1日の稼ぎはわずか2.1~4.2ドル(約220~450円)だ。「このままでは、ドアや窓、モルタルの落ちてこないベッドのある本当の家に、いつ住めるのかわからない」。やるせない言葉に、都会生活の厳しい現実がにじむ。