広がり見せるベトナムの「オーガニック農業」 需要増加で生産者らに恩恵

有機農法や低農薬で野菜や果物などを栽培する「オーガニック農業」への注目と需要が、世界的に高まっている。これは農業国であるベトナム、特に農業が盛んな南部メコンデルタにとって、将来的な発展の可能性を示す動きだ。そのため、メコンデルタ各地では、農家や農業協同組合、企業などに向けて、オーガニック手法の奨励やPRなどが積極的に行われている。

◇高まる注目
国連では、世界人口が2050年までに92億人に達し、食料需要が倍増すると見込みで、農業は今以上に重要な産業になっていく。並行して求められているのが、清潔さ、品質などを重視した、「安全な食品」の需要だ。

世界的にみて、このような無農薬・低農薬、有機栽培の「オーガニック農業」の市場が拡大しており、ベトナムでも生産者が従来型農業からオーガニック栽培へと転換する契機となっている。人体と自然環境にとって安全であるだけでなく、オーガニック農産物は販売価格も高いため、農家にもたらす収入も大幅に上がると期待される。

ベトナム南部メコンデルタ、カントー大学のレ・バン・バン准教授兼農業学部長によると、オーガニック栽培の作物は従来型農業より20%ほど生産性は低いが、利益は47%増にもなるという。「特に、メコンデルタ地方の気候や土壌は、オーガニック栽培に適している」とバン准教授は指摘する。

ベトナム国内でも、オーガニック農業に参画する農家や企業などが近年、増えてきた。そのひとつ、ビナミット社の農産物は、日本や中国、マレーシアをはじめ、欧州やアメリカなどへ輸出されている。

同社のグエン・ラム・ビエン最高経営責任者(CEO)は、「ベトナムは世界の台所になる可能性を秘めており、新型コロナウイルスの世界的感染拡大が収束に向かえば、来越する海外からの観光客も以前の2倍に増える見込みだ。『ナチュラルでヘルシー』というベトナム料理のイメージも手伝い、ベトナム産オーガニック食材は、国内外の市場向けに拡大する機会を得るだろう」と予想。新型コロナウイルスの感染が拡大し、人々の健康志向が強まった2020年は、「『オーガニック農業元年』と言える」と期待を語る。

チュンアイ・ハイテク農業社(カントー市)のファム・タイ・ビンCEOは、自社農園を1500ヘクタールにまで増やすことを決めた。すでに、同社が700ヘクタールで栽培しているオーガニック生産のコメは、ヨーロッパの有機認証指定「ECOCERT」を取得済みだ。栄養価や香り、味などの評価が高く、国内外の消費者の支持を得て、アメリカや日本、ヨーロッパへと輸出しているという。

欧州ベトナム自由貿易協定の発効も追い風となり、オーガニック農作物の輸出の可能性に期待する声は高まっている。オーガニック原材料を使った野菜パウダーを生産するティエン・ニェン・ビエット社のグエン・ゴック・フオン社長は、「自社製品は欧州では非常に好評を得ている。出す製品すべてが売れる」と話す。

このような成功事例がある一方で、ベトナムのオーガニック農業がビジネスモデルとして確立し、完成するためには、まだ多くの投資が必要で、長い時間がかかりそうだ。「メコンデルタの農業生産は、オーガニック手法にかぎらず一般的な農業生産であっても課題が多いためだ」と専門家らは指摘する。一帯は、もともと灌漑水や土壌の質などに多くの課題を抱える。また、化学肥料を多用する従来型の農業生産の習慣を捨て切れていないのも課題だ。さらに近年では、塩害や干ばつなど、気候変動の影響がより大きく、深刻になってきている。

◇一貫した政策が必要
カントー大学農業学部長のレ・バン・バン准教授は、土壌や灌漑水の質を保障するためにも、オーガニック栽培を行う場所を指定するなど、省や市など行政の介入や支援が必要だと指摘する。オーガニック栽培に適している屋内型農業の促進や、収穫量を維持しながら害虫被害や化学肥料の使用を減らすためのハイテク技術の導入も不可欠だ。

また、一貫した政策による支援も、オーガニック農業を育てるためには重要だ。自治体や政府による地域指定や、オーガニック農業に乗り出す農家や農業組合、企業などを対象とした資金の借り入れ援助、税制優遇などを整える必要がある。自治体は、適切な開発戦略を策定するため、オーガニック農法を行う地域を特定するほか、オーガニック農作物が市場での競争上、どのような優位性をもつのか、明確に生産者らにPRすべきだ。さらに、このような農作物を原材料とするバリューチェーンも構築しなければならない。人材の育成、貿易促進策の導入、生産地と市場や消費者との接続なども、オーガニック農産物が広がっていくための重要な要素だ。

ベトナムの農業農村開発省によると、オーガニック栽培の農地は、2016年の5万3350ヘクタールから、2019年には23万7693ヘクタールにまで大きく増えた。オーガニック農法はベトナムの63の省と直轄都市のうち、46省・市にまで広がりを見せている。生産者の数でみても、農家が1万7168軒、企業では97社が携わっている。国内で消費されるだけではく、オーガニック製品は海外需要も高く、アメリカ、欧州、中国、韓国など180の国や地域へ輸出されている。貿易会社約60社が事業を展開しており、その年間輸出量は3億3500万ドルに達している。

グエン・スアン・フック首相は、今年6月、2030年までの10年間を見据えたオーガニック農業発展プロジェクトを承認する首相令を発行。 プロジェクトでは、オーガニック農法を採用する生産者を増やし、農業セクターを再構築することを目指すとともに、付加価値の高いオーガニック農産物の輸出を増やすことで、海外市場におけるベトナムの農産物の知名度アップなどを図る考えだ。