少数民族の管楽器「ピレ」 ダオ族の暮らしを音に乗せて

ネムと呼ばれる太鼓や、ゴング(銅鑼)、シンバルなどとともに、「ピレ(Pí Lè)」と呼ばれる管楽器がある。ベトナム北東部に暮らすダオ族の人々の、宗教や文化に密接にかかわり、山々や森などを表現する神聖な音とされる。テト(旧正月)や先祖供養の儀式などで演奏され、暮らしに根差したピレの音は、ダオ族の人々に「独自の文化的アイデンティティを守ろう」と呼びかけている。

ピレは、息を吹き込むマウスピースと細い筒、ラッパ状に広がった部分で構成されている。吹き方などを変えて、72種類もの多彩な音色を表現することができる。

旧暦を使うダオ族の間では、ピレの音が響くのは9月から3月まで。その他の時期は、重要な儀式以外では、音を鳴らしてはならないとされる。古くからの言い伝えで、ピレの音がコメの収穫を台無しにしてしまうとされているからだが、今でも人々はそれを固く信じ、教えとして守っている。今の時期に聞こえるピレは、春の訪れを告げる音だ。

北東部バックカン省のチョードン地区ナムクオン村に暮らすホアン・グエン・ファムさんは、あたりでは有名なピレの奏者だ。結婚式や葬式など、ダオ族の重要な儀式で、楽器を吹く。春には、ピレを封印する時期が迫り、最後の練習にいそしむファムさんのピレの音色が、あたりに響き渡る。

44歳のファムさんは、10歳でこの楽器の演奏を習い始めて以来、ピレに情熱を注いできた。ファムさんによると、初心者が学ばなければならない最も重要な演奏技術は、いかに息を吸い込み、止め、吹き出すかだという。先祖を祀り、死者への尊敬の念を表現する儀式で良い演奏をするためには、練習ももちろん重要だ。ダオの人々は両親や祖父母、曾祖父母に始まり、9世代ほども前までもさかのぼって祖先を祀るほど信心深い。葬式や墓参り、旧暦7月の満月、そしてテト(旧正月)にも、ピレの演奏は欠かさず行われる。

◇楽譜のない音楽
基本を習得した後、ファムさんは、行事などに演奏しにいく兄に付き添い、さまざまな曲や、演奏場面ごとに違う奏技術を習った。これらの楽曲には書かれた指示書も、譜面もない。そのため、注意深く兄らの演奏を聴き、耳で学び、暗記するしかなかった。稲作や森の神々に捧げる儀式などで、自信をもって演奏できるようになるまでには、20年もの月日がかかったという。

今ではファムさんは、重要な儀式に招かれ、演奏を頼まれるほどのピレ奏者だ。すべての曲が暗記され頭に入っており、どんな儀式でどの曲が演奏されるべきか、知り尽くしている。

例えば結婚式では、ある特定の祝いの曲が、花嫁や付き添いの人々を華やかに歓迎する。そして、付き添いらが離れた後、花嫁一人ために捧げられる曲もあるのだという。

演奏の表現も多様だ。結婚式のときには朗らかでにぎやかな音を奏でるピレが、葬式では悲しみに沈んだ音を絞り出す。

ファムさんは話す。
「このような繊細なニュアンスや複雑さは、言葉では説明するのは、難しい。時間をかけて習得することしかできないのですよ」