高原の避暑地、ダラットへの招待(下) 「世界の不思議」に選ばれたハンガー別荘

ベトナム中南部、ラムドン省の省都ダラットに、「ハンガー別荘」という珍妙な建物がある。このほど世界的な観光書出版社、ロンリープラネット社による「世界の不思議ベスト15」に選出され、海外からの観光客誘致に力を入れる同市にとって思わぬPRになった。

ロンリープラネット社が選ぶ「世界の不思議」は、いずれも自分の目で直接見なければ、その存在が信じられないほどに不思議な場所や建物ばかり。このランキングの第11位に選ばれたハンガー別荘は、別名「クレイジーハウス・ダラット(Crazy House Dalat)」と呼ばれ、ラムドン省文化・スポーツ・観光局が制定したダラットの5つの散歩ツアーでも紹介されている。

このランキングにはハンガー別荘のほか、地中に巨大な水晶が形成された「クリスタルの洞窟」(メキシコ)、フランス・パリの巨大な地下共同墓地「カタコンベ」、かつての炭鉱町で今はゴーストタウンとなった「コールスマンスコップの廃墟」(ナミビア)などが選ばれた。

クレイジーハウスは、実は民間のホテルだ。ベッドの置かれた客室は巨大な焼き釜のようで、窓の鉄柵はクモの巣を模している。「これ以上に珍妙なホテルは、他に存在しない」というのが、ロンリープラネット社の評価だ。

建物の壁は歪み、木々をロープでつないだような通路が建物の周りにはりめぐらされている。あちこちに飾られた不思議な動物たちの彫刻や、ねじれた階段などが、建物を印象付ける。この不思議な造形は、スペインのシュールレアリズムの巨匠、サルバドール・ダリに着想を得ているという。ロンリープラネットではその全体像を、「ダラットの街の中心部で火をともされ、溶けだした巨大なろうそく」と表現した。

建物はベトナム語では、ハンガー別荘(Biệt thự Hằng Nga=ビエット・トゥ・ハン・ガー)と呼ばれていたが、口コミでうわさを聞きつけた西洋人バックパッカーらが訪れるようになり、「クレイジーハウス」「モンスターハウス」と呼ばれるようになった。

ホテルを建設したのは、チュオン・チン元共産党中央委員会書記長の娘で、モスクワで建築を学んだ建築家のダン・ヴィエット・ガーさん=写真㊦=だ。現代人は自然を破壊し、その結果に苦しんでいるのだとガーさんはいう。そのため、「人間を再び自然に近い場所に連れ戻したい」という願いを、彼女はこの建物に込めた。

ロシアで建築を学んだガーさんは帰国後、建設省やラムドン省文化建設局などで、建設や設計に携わってきた。「ダラット市は景色が美しく、人が優しく、静かなところ。人生の終わりまでずっと過ごしたい」とダラットにほれ込んでいる。国家ために多くの建物を設計してきた彼女が、「自分の夢を実現」として取り組んだのが、ハンガー別荘だったのだ。

古典的な建築設計の原則や枠を超えて、自由で独創的な立体や曲線、平面などで構成されるハンガー別荘は、1990年~2010年にかけて主要工事を実施。今も、仕上げの作業は続けられているという。木の切り株や石を使った快適ななかにも温もりが感じられる客室、魅力的でミステリアスなこの城を、訪れる人は後を絶たない。

「人はだれでも独立や自由を切望しており、この建築物で、私はそれを表現したいと思った」とガーさん。「この場所がダラットを象徴する観光地として人々の注目を集めているのは、新しい発見をしたいと思う人たちが、わくわくできる場所だからだと思う」と話している。

【ハンガー別荘(クレイジーハウス)】 ラムドン省ダラット市、第4区、ヒュイン・チュック・カン(Huynh Thuc Khang)通り3番地