テトに文字の贈り物 ハノイの書道市に大阪大学の学生が参加

ベトナムのテト(旧正月)には、書道家に縁起のよい言葉を書いてもらう、シン・チュー(Xin Chư`)の風習があり、ハノイの文廟では毎年、書道市が開かれる。今年はここに、ベトナム書道に魅せられた日本人大学生が参加する。大阪大学外国語学部ベトナム語専攻の4回生、吉野絵莉さん(23)。得意の語学力を生かし、「たくさんの人と交流したい」と期待を膨らませている。

吉野さんが、大学の研究室でベトナム書道の作品に出合ったのは、1回生のとき。文字に独特の装飾を施したり、絵画を組み合わせたりと、自由な作風や書家の個性が生かされるところに魅力を感じた。2012年3月から1年間、ハノイ師範大学に留学した際、ハノイの著名なベトナム書道家、キエウ・クオック・カインさんが設立した名門書道クラブ「Việt tâm Bút(越心筆)」に入門した。

ベトナム書道は、筆の持ち方が日本や中国の書道と違ううえ、ベトナムの文字、クオック・グーに多い曲線を描くための独特の筆運びがある。慣れるまで4カ月ほどは、兄弟子の指導のもと、基本の線や曲線ばかりを何時間も書き続けた。そんな努力と持ち前の芸術的センスが開花して師匠に認められると、「ベトナム書道家100人展」などへの出品も果たし、現地メディアにもたびたび紹介された。

いまではテト名物となった文廟の書道市は、ハノイでは一時期下火となっていたベトナム書道とシン・チューの復興を目指し、カインさんらが十数年前に始めたもの。ベトナム語の「シン・チュー」は直訳すると「文字を頂く」。かつて、文字を書ける人が少なかった時代に庶民が書家らの手による文字を尊び、家族や友人らに送った風習が旧正月の時期に受け継がれて今に至る。

「そんなふうに『誰かに文字を贈る』というベトナム人の行動が、とてもすてきだと思った」と話す吉野さんのシン・チューは、訪れる客と対話しながら書く独自のスタイルにこだわる。1件10分近くかけて、誰に書を贈りたいのか、新年の目標や託したい願いなどを聞き出し、ベトナム語を選んで書く。「訪れてくれた一人ひとりとの出会いを大切にしたい」との思いがあるからだ。

17日にベトナム入りした後は、書道市に約2週間にわたって参加する予定。ハノイ留学中の2年前に師匠の店の一角で書を書いたのに続き2度目の参加だが、今回は自分一人で店を構えることを許された。その責任に、背筋も伸びる。

「書道という日越共通の文化を通じてたくさんの人たちと出会い、ベトナムについて学ぶことができた。今度は私の書を通じて、ベトナムの人たちにも日本を身近に感じてもらえたら、うれしいです」。

テト後の4月からは社会人。今後も、仕事と並行してベトナム書道を続けていきたいという。


【ベトナム書道】 ベトナム語では、トゥー・ファップ・チュー・クオック・グー(Thư pháp Chữ Quôc Ngữ)。中国の伝統書道とベトナム古来の詩歌や絵画などの文化が融合したもの。アルファベットに声調記号を付けたクオック・グーと呼ぶベトナム文字で、縁起のいい言葉や詩歌などを書き起こす。一時期、「中国文化の影響」として敬遠されていた時期があったが、最近ではベトナム独特の文字芸術としての評価が高まっている。