大阪大学の清水政明准教授ら、ベトナム語研究への功績で学術賞を受賞

大阪大学大学院言語文化研究科の清水政明准教授が、ベトナムの古い文字体系「字喃(チュノム)」の資料を活用したベトナム語の歴史研究における多大な功績が評価され、優れた研究者に贈られる学術賞を受賞した。

チュノムは、13世紀ごろ、ベトナム語を表現するためにベトナム人が考案したと言われる。今回の受賞に伴い、清水先生の長年にわたる功績は、ベトナムの人々に敬意をもって迎えられており、新聞やテレビ、通信社といったメディアで報じられている。

清水先生が受賞したのは、アメリカの学術団体「喃(ノム)遺産保存会」(リー・コリンズ会長)の学術賞「2017年バラバン賞」。

チュノムの資料を保存する機関としてはベトナムの「漢喃(ハンノム)研究院(所)」が知られる。同研究院は、ベトナム国内に存在する漢字および字喃で書かれた資料を管理し研究している。ベトナム国外では「喃遺産保存会」の役割は大きく、大学の図書館などを除けばチュノムも含めたベトナムの古文書を体系的に集め、保存に対して本格的に取り組んでいる最大規模の団体とされる。

優れたベトナム語の研究者に贈られる「バラバン賞」は、ベトナムの女性史を語る上で欠かすことができない著名な女性詩人、ホー・スアン・フォンの詩を英訳したことなどで知られるベトナム語の研究者、ジョン・バラバン氏の名前を冠した賞で、今年はシニア部門が清水先生、活躍が期待される若手研究者の部門は、東京大学大学院の鷲澤拓也さん、ベトナム人研究者のグエン・トー・ランさんが受賞した。

ベトナムにとってかけがえのない漢字・字喃(チュノム)の保存・研究に、日本の研究者が貢献し、二人が特別な賞を授与されたことは、ベトナムと日本との交流をさらに深める好事と言えるだろう。

ハノイで行われた授与式に出席し、帰国した清水先生に伺った。

――賞が贈られた理由と清水先生の研究についてお聞きします。

リー・コリンズ会長から頂いたメッセージは「ベトナム語を対象とした歴史言語学への貢献に対して、高く評価する」という内容でした。従来、日本では「ベトナムの歴史」、「ベトナムの文化」など色々な研究がなされてきましたが、(私は)チュノムで書かれた古い文献を使って、ベトナム語の発音を復元する研究を続けています。

グエン・チャイという詩人であり儒学者であり、かつ皇帝の参謀として活躍した人物がいます。グエン・チャイは「ベトナム語で初めて詩を作った人」として有名です。その当時、書き言葉はほとんどが漢文で、その詩は「ベトナム人が初めてベトナム語でうたいあげた詩」と言われています。15世紀の発音が分かったとしたら、ベトナム人が初めてベトナム語で作ったというグエン・チャイの詩を、その当時の発音で読み上げてみることができます。「昔のベトナム語はこうだったんだ…」、「グエン・チャイが作った詩はこんな感じだったのか…」といったイメージをつかむことができます。歴史言語学、発音の歴史といった研究の面白さをより多くの方に理解していただけると思います。

清水先生は、こうした発想の優れた事例として、京都産業大学外国語学部の森博達教授が監修した源氏物語を当時の発音で聞いてみよう―という研究成果を上げた。

グエン・チャイの詩を、日本人にとっての源氏物語のような存在ととらえれば、受賞を機にした清水先生の研究に対するベトナムの人々の敬意と関心の高さもうなずける。

――今回は日本人の研究者2人が受賞しました。
「チュノムを使って言語の研究をする」ということにはこだわっています。(受賞について)自分のことはひとまず置きますが、日本で言語学のイロハを学んだ鷲澤君のような人がこの研究に携わることで、ベトナム語の研究は飛躍的に進んでいくと思います。チュノムを読む事はそれ自体が難しく、時間がかかります。一行読むのに一日かかったりする時もあり、時にはそれでも読めないことがあります。

手間をかけて一冊のテキストを読み、興味深いことが見つかるかどうかという「大きな賭け」をしなければなりません。(この研究には)手を出さないケースも多いです。しかし、「チュノムを使って言語の研究をする」ことには必ず、面白いことがある、それは言えます。手間に加えて色々な知識が必要ですが、鷲澤君には素晴らしい才能があります。さまざまな言語の中から、鷲澤君はベトナム語を選んでくれた、こんなにありがたいことはないですね。

清水先生がチュノムを研究しようと思ったきっかけは、恩師(日本のベトナム語研究を長年にわたって牽引し続け、ベトナミスト・クラブの代表を務める冨田健次先生)の影響が大きかったという。1年生の時から「僕はチュノムをやります(研究します)」と話し、2年生になるまでに当時、日本では入手が難しかったチュノムの本とチュノム辞典を揃え、熱心に学問を続けた。

――あらためて、ベトナム語の魅力を教えてください。
僕たちの立場(ベトナム語研究者としての立場)で、ベトナム語の魅力を語ると「嘘っぽく聞こえないかな」と心配ですが、ベトナム語は何をやっても面白い。まず、音がきれいです。発音ですね、一番難しいのは、そこなのですが「こんなにきれいな言語はないな」と思うほど、音がきれいです。日本語も音がきれいな言語ですが、歌っても、ふだんの会話でもベトナム語を聞いているとほれぼれします。

東南アジアにはいろいろな言語があります、カンボジア語はベトナム語と同じ系統の言語ですが、違っているように聞こえます。(ベトナム語には)様々な面で一筋縄ではいかないところがあり、特に文法研究に関しては、難しさに直面する時がしばしばです、しかし、それが分かった時の感動は大きいです。ベトナム語は一生付き合っていける魅力あふれる言語ですね。