ベトナム・日本学生学術交流 冨田健次先生の基調講演 その②

 

引き続き、VJSE2013  第6回ベトナム・日本学生学術(科学)交流ミーティングにおける冨田健次先生の基調講演を掲載いたします。

 

5.漢字と漢字ルビ

漢字の学習が本当に辛いことは日本人でも同様です。ただ福音はコンピュータのめざましい進化です。 最早漢字は手で書く文字ではなくなりました。コンピュータで打ち出す文字になりました。今では漢字はただただ字形だけ覚えれば済みます。そして読めれば良いのです。いや読めなくても認識できさえすれば良いのです。書く必要は全くありません。幼児段階からこうした漢字の字形に徐々に慣れさせ、少しずつ記憶させることの効用は計り知れないのではないかと思います。そしてこれを基礎として本格的に漢字を学習し、更には日本語や中国語の習得へと進めば結果は明らかでしょう。

具体的には、少し過激かもしれませんが、私はベトナムの学校教育で用いるすべての教科書の「漢字ルビ化」を提言したいと思います。「ルビ」と言うものは日本でのみ発達した極めて独創的な、いわば発音記号のようなものですが、これを逆に言わば「意味記号」のようなものとして応用できるのではないかと私は考えています。どうするかと言うと、先ずは素性のはっきりしている漢語には国語字(チュー・クオック・グー)の上に漢字を小さく添え書きするのです。漢字のルビを振るソフトの開発はそんなに難しいことではない筈です。手許にある小学校の教科書の例文でその一例を示すと以下のようになります。ルビは宝石のルビーから来ているようですが、添え書きされた漢字がルビーの様に輝く日が必ず来ると思います。

 

Cô(姑) sẽ trao một phân(分) thưởng(賞) đặc(特) biệt(別).

Đây là phân(分) thưởng(賞) cả lớp đê(提) nghị(議) tặng(贈) bạn(伴) Na.

Na học(学) chưa giỏi, nhưng em có tấm lòng thật(実) đáng(当) quý(貴).

(和訳:先生(女性)は特別賞を手渡すことにしています。これはクラスのみんながナー君に贈ろうと提案してくれた賞です。ナー君は勉強はまだまだですが、実に貴い心の持ち主です。)

 

これはまだ小学2年生の国語の教科書の中の一節ですが、学年が上るにつれて漢語の割合は徐々に高まりますし、他の学科、例えば社会や理科などはもっと漢語の比率はグンと高まると思います。これを突破口として、幼児段階から漢字教育を開始することを提案したいと思います。「国語」正書法の習得と併行して簡単な漢字から教えれば良いと思います。一や二や上や下など筆画の少ない漢字から始めれば良いと思います。とにかく、まずは漢字アレルギーを取り去ることから始めなければならないと思います。

 

6.漢字ルビとベトナム語教育

私はベトナム語の教員ですし、ベトナム語を教える際にも逆にこのことを応用してみようと常々考えています。ベトナム語の中の漢語にはやはりすべて漢字をルビとして振ったテキストを作ろうと考えています。そうすれば日本人学習者はより効率的に無理なくべトナム語の語彙を覚えることができる筈です。素性の知れた漢語以外にも漢語由来と疑われる語彙がありますが、それらにも( )付きでやはりルビを振り、一方純ベトナム語には仮名でルビを振るなどどうでしょう。身近な語彙を少し挙げておきましょう。明治以降、日本は東アジアの漢字文化圏のオピニオンリーダーとして、「政治」や「経済」、 「文化」や「革命」まで、苦労してヨーロッパ語を漢語で翻訳して、中国や韓国・朝鮮、そしてベトナムに供給して来たのに、今は何の工夫もなく横文字をそのまま用いるため、末端のベトナムでさえ独自の漢字語彙を作り出すしかないことが以下の諸例でよく分かると思います。

 

きかい 影 技 術 数
máy ảnh kỹ thuật số: デジカメ < デジタルカメラ

無 線 伝 形
máy vô tuyến truyền hình: テレビ < テレビジョン

調 和 熱 度
máy điều hoà nhiệt độ: エアコン < エアコンディショナ

とぶ 直 昇
máy bay trực thăng: ヘリコプタ

微 (算) 電 子
máy vi tính điện tử: コンピュータ

(炉) 微 波
lò vi ba: 電子レンジ

銅 壷
đổng hồ: 時計

たんす (冷)
tủ lạnh: 冷蔵庫

(車) 運 載
xe vận tải: トラック

半 載
xe bán tải: ライトバン >ワンボックスカー

 

成る程と思われる漢語もあれば全く判じ物的漢語もあると思いますが、いずれにしろ、日本人がベトナム語の語彙を記憶する際にはその背後にある漢字を復元して覚えることが最も効果的であることは歴然としていると思います。時計が何故「銅壷」であるかなど、多くのベトナム人が既に忘れてしまっている語源にさえ遡ることができます。

なお、日本人には予測もできない漢語や意味の全く異なる漢語なども少なからず存在するので時に注意を要します。

 

利 用
lợi dụng: 悪用する [「利用する」ではない]

手 段
thủ đoạn: 汚い手(手段) [「手段」ではない]

表 情
biểu tình: デモ [「表情」の意味はない]

部 長
bộ trưởng: 大臣 [「部長」は軽過ぎる]

歴 事
lịch sự: 礼儀正しい、丁寧な [「歴史的事柄」などでは全くない]

 

中国人に汚い「手段」で良いように「利用」され、顔に表すだけでなく行動に表すしかなかったベトナム人の哀しみが、これらの漢字語彙の意味に現れていると言ったら言い過ぎでしょうか?

 

7.漢字体の国際的統一

とにかく、ベトナムを含めた漢字文化圏の人々が無理なく楽に共通の漢字に接近し、親しめる環境を作ることが急務だと思います。それには中国や日本の漢字体の多様化をもう一度見直し国際的に統一する必要さえ生じて来ます。本家の中国にまで、今の極端な簡体字に対して国際共通漢字のルビ化を提言していかなければならないのではないかと思っています。本家でさえ実は既に文書の断絶が起こりつつあるからです。コンピュータの目覚しい進歩がそれを許してくれると固く信じています。