ベトナム中部 ビンディン省現地ルポ 1

ベトナム南中部のビンディン省は、南シナ海に面した自然豊かな州。省都のクィニョンはリゾート地として知られ、マグロをはじめとする水産業やコメやヤシ、キャッサバの栽培や農業加工品の生産が盛んだ。まだまだ日本人の知名度は高くないが、ハノイから飛行機で1時間半、ホーチミンからは1時間という立地や、豊富な農林水産資源、安価な労働力など地域のポテンシャルは高い。

中国や韓国、日本企業の進出はすでに始まっており、今後、ますます注目されそうだ。ビンディン省の文化や産業、特産品、文化、史跡の現地ルポをシリーズで紹介する。

ツバメの巣のスープ。プルンとした触感がたまらない

幻の高級食材を求めて ツバメの巣の採取現場に同行

世界に名だたる高級食材といえば、キャビア、フカヒレ・・・。数々あれど、別格なのがツバメの巣だ。古くは中国王朝の宴会料理、満漢全席の一品としても有名で、中国やタイ、ベトナムでは現在も美容食や健康食として富裕層に人気が高い。香港の高級店あたりでは、お椀一杯のスープが5000円以上の値段でメニューに並ぶ。ツバメの巣の中でも、とりわけ珍重されるのが、荒波の海に囲まれた険しい岸壁で採れる天然もの。ベトナムビンディン省のクィニョンは、上質の天然もののツバメの巣の産地として知られる。厳重に管理され、地元メディアですら入ったことがないという収穫現場に同行した。

 

天然のツバメの巣。土がついているのは、岩との接合部分。巣そのものは唾液だけでできている

青い海と美しいビーチの続くリゾート地、クィニョン。海岸通りを歩くと、小な影がクルルリクルリと盛んに頭上で反転を繰り返す。アナツバメと呼ばれる種で、姿形は日本にやってくるツバメにも似ている。が、その生態は異なり、人里から離れた沖合の岸壁に巣を作る。この巣が「幻の食材」として世界中のグルメたちの垂涎の的となっている高級食材「ツバメの巣」だ。


小型のプレジャーボートでクィニョンの港を出発


時速15ノットで沖を目指す

「ツバメは岸壁の、少し狭いような洞窟に巣を作るの。とても頭がよくて、湿度や気温、環境が適していないと、決して巣を作らないわ」
ツバメの巣の管理・収穫、販売を行うYEN NGOC COMPANY(イェン ゴック社)のグエン ティ スオン ゴック社長は話す。笑顔の似合う、上品な物腰の美人社長。険しい岩場の採取現場にも自ら出向く女傑でもある。ツバメの巣の採取は家業として、母親の代から50年続いているという。
「生き物が相手だから、本当に奥が深い仕事なの。母親からこの仕事を継いで10年以上になるけれど、いまだに興味深いことばかり。とても楽しいわ」

マグロ漁船が停泊するクィニョン港の小さな入り江から、小型のプレジャーボートに乗り込み、はるか沖合を目指す。時速約15ノットで走ること約40分。途中、漁船数隻に出くわすだけで、見渡す限りの青い海と岩山。何本もの柱が海中から突き出したような柱状節理が、あちらこちらに現われる。あたり一帯の地形は火山活動によって、長い時間をかけてできたらしい。


切り立った岸壁の島々が見えてきた


空をおおうようなツバメの影。ここが巣穴のようだ

岩場が近づいてきたところで、ふいに船長がエンジンを止めた。空をおおうようなおびただしい数のツバメが頭上を行き交う。どうやら、このあたりに巣があるようだ。岩陰から木製のカヌーが何隻か近づいてきた。カヌーと言っても、樹皮を編んで作られているだけのいたって簡素な、文字通りの「木の葉舟」だ。カヌーに乗っている真っ黒に焼けた屈強な男たちが、盛んに何か言っている。
「こっちに乗り込んで」
えっ! まさか、この荒波の海で乗り換え?
「洞窟は狭いから、このカヌーでしか近づけないんだよ。早くこっちに」
海をのぞきこむと、相当深いらしく底は見えない。
「あんた、来ないのか?」。


小さな巣穴には、カヌーでしか入れない。波のうねる海上で、カヌーに乗り移る。相当な推進だ。スリル満点、足がすくむ

もう後戻りはできない。覚悟を決めて飛び乗った。

次の記事に続く...。