チリンチリン─。白一色の清潔な部屋に、無数の風鈴が揺れるような澄んだ音色がこだまする。ホーチミンのイェン ゴック社内にある加工場。テーブルでは、白衣にマスク姿の女性たちが、テキパキとした動作でツバメの巣の洗浄作業をしていた。


精密部品の製造ラインのような、静かで清潔な工場

沖合の島の岩穴で収穫されたツバメの巣は、この加工場に運ばれ、最終的な出荷の準備が行われる。一つ一つの巣の質を選別し、異物を取り除くためにいったん巣を分解し、きれいにしてから、またもとの形に組み直す。それぞれの工程はすべて手作業で、水でもどして柔らかくしてから、針のような細いナイフで羽毛や砂粒などを取り除き、さらに細かな異物をピンセットでよけていく。まるでICチップや精密機械の製造ラインのような細かい作業で、正確な目と細やかな神経が要求される。

まずは運ばれてきたツバメの巣を選別。色の白いものが高級とされる

風鈴のような音は、取り除いた異物を皿にうつすとき、刃先やピンセットの先が皿を打つ音だ。「いい音でしょ。初めて工場に来た人は、みんな『何の音?』って不思議がるわ」
イェン ゴック社長は笑う。「若い女の子もいるけれど、ここで働いているのは、みんな熟練工ばかりよ」。運ばれてくるツバメの巣は、収穫されてから3日以内の新鮮なものばかり。ツバメの巣は色が白いものほど高級品で、早く加工しないと、色が濁ったり、変形したり、価値が下がってしまうのだという。


どんなに小さな異物も鋭利なピンセットで除去する


若い女性も目立つが、いずれも手慣れた熟練工ばかり


異物を除去し、きれいになった巣の繊維


いったんばらした巣を、もういちど巣に組み上げていく


形が整ったら、ファンで乾燥させる

フカヒレやキャビアは食べたことがあっても、ツバメの巣を食べたことがあるという日本人は少ないのではないだろうか。たまに高級店のメニューに並んでいても、小さなお椀一杯で何千円もするので、庶民には、おいそれとは注文できない。そもそもどうやって食べるものかさえよくわからない。ゴック社長に、その食べ方を教えてもらった。

「ツバメの巣はそれ自体で完成した一つの自然食品なので、何も手を加えない方がいいの。特に天然ものは。鍋にお湯を沸騰させて15分ほど度煮るだけで十分よ。そのままで食べるのが一番だけど、慣れないうちはショウガを砂糖で煮込んだショウガシロップで甘くすると食べやすいわね。ベトナムでは、栄養の必要な病気の後や産後、よく食べられるわ。女性には美容に、男性には栄養剤として好まれているわ」


天然もののツバメの巣は、そのまま食べるのがおすすめ。慣れるまでは、ショウガを砂糖で煮込んだシロップを入れてもいい

貴重な天然もののスープを試食させてもらった。ほんのりと草の乾いたようなやさしい香りがする。プルプルとした感触が心地よい。それ自体は、無味無臭だが、ショウガシロップを入れると、独特の口あたりのデザートのようだ。胃にも、口にもやさしい、ほのかな味わいだ。なるほど。この舌触りは他の食材では味わえない。さすがは幻の食材という感じか。

天然もののツバメの巣はベトナム全体でもわずか5㌧しか採れない限られた資源。イェン ゴック社では8年前から、人工の建造物に巣を作らせる養殖事業も行っている。しかし、品質は天然ものにはかなわないという。天然ものは、水に戻したときの膨張率も倍以上で、弾力香り、とも異なる。厳しい自然環境の中でしか採れない天然ものは、値段もずっと高くなる。

「多くの人に本物のツバメの巣のよさを知ってほしい課題は、ブランドの確立と、海外マーケットの開拓。健康ブームの日本の人たちにも、ぜひ知ってもらいたいわ」。ゴック社長は語った。