新型コロナウイルスの感染拡大は東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国の経済にも悪影響を及ぼし始めている。経済成長の鈍化や人や物の移動の寸断が、サプライチェーンや労働力供給などで混乱を生む一方で、新型コロナより前からの課題や問題も顕在化。議長国を務めるベトナムは、域内での協力強化などを呼び掛けている。

ASEANでは、新型コロナの流行後、オンラインを活用し首脳や経済相らが会議を開いて感染拡大の防止策や経済的な課題などを議論。域内連携の強化を盛り込んだ声明を発表したほか、日、中、韓を加えたASEAN+3首脳会議なども開催してきた。

コロナ感染流行がASEAN域内にもたらした影響を見ると、早い時期から打撃を受けているのが、観光や航空、ホテル業界だ。多くの国が外国からの人の流入を停止、自国民も外出禁止になったことで、各国で窮地に陥った。

また、中国が原因の国際的サプライチェーンの寸断は、バリューチェーン全体に影響を及ぼし、各国で生産を弱体化した。今や世界貿易の12%が対中国になっており影響は計り知れない。ベトナムでは、繊維や衣料品、皮革や靴・カバン製造、木工製品などの業界で原材料供給が滞り、打撃を受けた。

海外からの入国者の検疫実施も、労働力を多く輸出してきたベトナムなどの国々だけでなく、雇用していた国々でも労働力の供給面で大きな打撃となりそうだ。テレワークなどで代替できない製造業は生産性が低下しており、これが今後の国内の商品供給や経済成長に影響すると予想される。

最も大きな経済的損失は、目に見えない形で忍び寄っている。すでに金融市場は、今後の経済成長や将来の不安などの否定的な感情に影響されており、長期的な投資や消費、成長の減少につながっていく。経済刺激策は検討されているが、いまや世界規模での景気後退は避けられず、失業者と貧困が急激に増えると予想される。

ASEANの諸会議では、このように新型コロナウイルスの影響を分析してきたが、混乱が生じた原因も、各国の対処方法も異なるため、「観測されている事象から限定的な影響を排除することが重要だ」との指摘もあった。

◇ASEAN域内での独自サプライチェーンを
ASEAN諸国のなかで、もっとも影響を受けるのが、中国がかかわる既存のサプライチェーンへの関与が大きいシンガポール、マレーシアとタイだ。インドネシア、フィリピンも、サプライチェーンへの依存が高まっており、影響をまぬかれないだろう。

コロナ後は、貿易や投資パターンが変化するとみられるが、最も大きく変わるのは、中国中心のサプライチェーンからの脱却とASEAN諸国への移転だ。新型コロナの世界的まん延は、現時点ではASEANに混乱をもたらせているものの、多くの国では、長い目で見れば新規投資から利益を得ることができ、全体的な悪影響も緩和されるという。一方、カンボジアとラオスは、投資や支援のほとんどを中国に依存していたため、中国経済の停滞により、深刻な影響を受けそうだ。

産油国であるブルネイとマレーシアは、新型コロナの直接的影響よりもむしろ、原油の価格競争の悪影響の方が大きい。だが原油の値下がりそのものは、輸入国にとっては恩恵で、大きな打撃を受けた交通機関にとっても好材料だ。

◇新型コロナに起因しない課題も
新型コロナウイルスの感染拡大より以前から、実は、世界的な経済成長が鈍化する可能性は高まっていた。各地でサプライチェーンの再構築が始まっていたのだが、それは中国国内での賃金高騰が引き金となって始まり、その後の米中貿易摩擦によって加速した。新型コロナはこの再構築のペースを速めたかもしれないが、今後の行方や結果を決定づける要因ではなく、今ある混乱のすべてをコロナのせいにすることは誤りだ。

米中貿易摩擦の影響で、多くの国や企業が仕入れ先や供給先をすでに変更していた、または検討していたというのが現実で、それがなければ、パンデミックによるサプライチェーンの混乱はさらにひどいものになっていたかもしれないと専門家らは指摘する。

中国からの物資供給の停滞などで、アジアの10カ国が影響を受けていると分析されているが、このうち6カ国はインドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナムで、ASEAN加盟国だ。

タイは中国からの輸入が自国の輸入総額の11%を占め、特に大きな影響を受ける。フィリピンは中国からの輸入は全体の7%と多くはないが、鉄鋼が大きな割合を占めることが影響を大きくした。中国製鉄鋼の輸入が停滞したため、国内のインフラ整備事業が大きく滞ったのだ。一方で、インドネシアは、フィリピンとほぼ同じ8%だが完製品輸入が主流で、国内生産品で代替できたため、打撃は限定的だった。

新型コロナウイルスの経済的影を分析する際には、国によっては感染拡大前から新型コロナ以外の課題を抱えていたことや、感染後の各国政府の異なる反応や対策が影響し、ASEAN域内の事情を複雑化させたことも考慮すべきだ。複雑なサプライチェーンや相互の依存性などから、ASEANの発展途上国は、ただでさえ中国の影響を受けやすい立ち位置にあり、従来から抱えていた中国依存からの脱却も課題となりそうだ。